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過去は変えられる

過去は変えられるという考え方がある。
シュレディンガーの猫のように、見えない箱の中の猫は生きていると思えばそれは過去から生きていたと認識するし、中の猫は死骸だったと思えば、過去に死んでしまったのだろうと認識できるからだ。
全ては自分の目で観測したかどうか。
自分の目で猫が生きたまま箱に入れられる姿を見たら、過去に生きていたのだと認識できる。これは100%の認識だ。
しかし、箱に入れる姿は見ておらず、実験者から「この猫はもう死んでいるだろうねぇ」という言葉を聞いたときに、その意見によって認識が変わり、生きているか死んでいるかの判断は死んでいる方に傾く。傾くのであってそれは100%ではない。
認識できない事象は自分にとって存在しない可能性がある過去であり、それに続く現在なのだと言える。
私は推論と友達だった人間の言質によってあの人の彼氏を割り出している。
どこかで待ち伏せでもしていたらその事実を観測してしまい、推論に100%の裏付けをしてしまうだろう。
しかし、現段階でのあの人の状態はシュレディンガーの猫であり、実験者による情報と箱の構造からあの人は生きていないという確率に軍配をあげたに過ぎない。
それは正しいのかも知れない。
私は確定されたと「想定」できる過去を採用し、あの人との復縁は絶対にしない未来を設定した。
だから苦しいのだ。
では私がなにも推論せず、外部からの情報に聞く耳を持たない人間だった場合、おそらくLINEのブロック削除もおこなわず、もしかしたらまだ振り向いてくれるかもという期待に胸を膨らませ、戻ってくる日を心待ちにして生き生きと生活していたのでは無いだろうか。
なにも知らず、最期に交わしたLINEの会話の「戻ってきたときにはおかえりって言うよ」という言葉を使う日のため、私の心は停滞したままであったに違いない。

私はそんなキモイやつにはなれないだろうと思う。
察しろよ
というのがあの人の気持ちかも知れない。

それでももし、私がLINEを切ったことを未だ彼女は知らず、あの男と別れたあと、私にメッセージを送ってきても未読になり、とうとう直接「また遊ぼうよ」と言ってきたとしたら私はどんな行動に出るだろうか。
これだけはシミュレーションしても答えが出ないのだ。
過去を、情報を与えられていない箱に入った猫として、たぶん生きているよと楽観視して再度彼女と会話が出来る関係に戻るか、自分の推測を信じて彼女は死んでいるはずという認識を変えずに友達に戻ることは無いという確定された未来に突き進むのか。

前者は自分を偽っていると言えるし、後者はやせ我慢をしていると言える。
好きで好きで仕方ないのに、私のココロは意外と広くないのかもしれない。
でも実際に彼女から話しかけられたら嬉しくて私の決意は駄目になるのではないかという予感もする。
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